村上龍 "コインロッカーベイビーズ"

コインロッカー・ベイビーズ(上) (講談社文庫)

コインロッカー・ベイビーズ(上) (講談社文庫)

コインロッカー・ベイビーズ(下) (講談社文庫)

コインロッカー・ベイビーズ(下) (講談社文庫)

再読。読んでる間、これが自分の精神衛生に良い影響を及ぼしてるのがわかったし、再読なので読み急ぐこともなく、ちびちびだらだらと読んでたのだけど、読了してしまった。
この日記にメモが見当たらないのだけど、これをちゃんと読んだのはわりと最近で、たしか "希望の国エクソダス" (isbn:4167190052) (読んだのは単行本 (isbn:4163193804)) から "五分後の世界" (isbn:4877284443) と "ヒュウガ・ウイルス" (isbn:4877285857)、"愛と幻想のファシズム (上)" (isbn:4061847392) と "愛と幻想のファシズム (下)" (isbn:4061847406)、そしてこの "コインロッカー・ベイビーズ" へと遡って読んだのだった。たしかそのときも思ったのだけど、龍の作品でこれが一番好きかもしれない。上にあげたのは全部大好きなのだけど。
乱暴にいうと、コインロッカーに捨てられながら奇跡的に生き延びたふたりの子どもが、しかし救い出された先のこの世界も大きなコインロッカーじゃないかとして、いろいろする話。

そうだ何一つ変わっていない、俺達がコインロッカーで叫び声をあげた時から何も変わっていない、巨大なコインロッカー、中にプールと植物園のある、愛玩用の小動物と裸の人間達と楽団、美術館や映写幕や精神病院が用意された巨大なコインロッカーに俺達は住んでる

僕は捨てられた、広い広い広い広い広い広い広い広いコインロッカーの中に、みんなが僕を捨てた

解説で三浦雅士バタイユを引いて論を進めてるけど、ニーチェを参照したほうがもっとシンプルにいえる気がする。じゃあおまえが書けといわれても書けないけど、破壊が生に重なるこの作品がなにを肯定しているのかということ。
キクと絡み合うように走るアネモネが激しくカッコイイ。あからさまな刻印をもつキクやハシに比べれば、ふたりとともにこの作品を走る理由などないように思われるアネモネこそ、読者とキクやハシとを結ぶ存在なんじゃないか。
アネモネが飼っている、ときどき ここは偽の場所だと拒否反応を起こし (上巻 - p. 157) 怒り狂うという巨大な鰐はやがて死ぬけれど、アネモネはその死を惜しまない。

「うん、可哀相だった。でも、もういいの」
「もういいって何がだい?」
「うん、もう忘れたってことよ」

鰐を飼うというのは代償行為であり、つまりはニセものだ。あんたらみんな、いつか鰐に食わせてやるわ (下巻 - p.12) とアネモネはいったけれど、ふりかえってみればその 鰐 というのはアネモネ自身のことだ。鰐が死んで、アネモネ自身が鰐になったのだ。
どうでもいいことだけど、アネモネがつかのま勤めていたケーキ屋の同僚のひとりがアネモネにプレゼントする本が読みたい。

ノリ子ちゃんは色紙でカバーをつけた本をくれた。この本に出てくる女の子がアネモネにちょっと似ている、と言った。若くして金と名声を得た小説家の妻になり遊び回って発狂するゼルダという名前の女の子だ。

フィッツジェラルドのことだというのはすぐわかるけど、"グレート・ギャツビー" (isbn:4102063013) しか読んだことないし、とりあえずそれじゃないということしかわからない。妻のことを描いた自伝的小説でもあるのかな。あと、もちろんアネモネはこういう。ありがとう、でもあたし狂ったりしないわよ (下巻 - p. 131)。
もうひとつ、どうでもいいこと。ミック・ジャガーが舌を切ったという話が出てて、その話は知らなかったのでストーンズ・ファンに聞いたら、たしかにそんな話があるとのことだった。もちろん、キース・リチャーズが 1 年に 1 度体中の血液を交換してたとかその類の話だけど。
しばらくはこの作品を反芻しながら暮らす。

それにしてもあんた達いい色に焼けてるね、サーファーかい? 白いスーツできめてるところ見ると、サーフシティ・ベイビーズだね? 店員が金を数えながらそう聞く。ヘルメットの顎紐を締めて、いや違う、とキクは言った。
俺達は、コインロッカー・ベイビーズだ。

追記: アネモネがプレゼントされた本というのは "夜はやさし (Tender Is the Night)" かな。邦訳は角川文庫に古いのがあるのみ (上巻 (isbn:4042155030)、下巻 (isbn:4042155049)) で、みんな村上春樹訳を待ち望んでいるらしい。洋書はちょっとキツイかなぁ。"The Great Gatsby" (isbn:0140620184) を読めたのは、前に邦訳を読んで内容がだいたい頭に残ってたからだろうしなぁ。

Tender is the Night (Penguin Essentials)

Tender is the Night (Penguin Essentials)